ふと壁の時計に目をやると、23時を少し回ったところだった。
がらんとしたオフィスフロアは、いつの間にか大部分の照明が落とされている。
随分と集中していたようだ。
今年一番の大口契約に繋がりそうなアポイントが明日に迫っていた。
今日中に見積もり書のチェックを済ませねばならない。
不意に私は自分がひどく空腹であることに気が付いた。
思い出したかのように腹の虫がぐるぐると主張を始める。
こんな時に限って、ロッカーの買い置きのカップラーメンも切らしていた。
その時。
パリパリ、
背後からの予想外の物音に反射的に振り返ると、だだっ広いフロアの片隅に弱々しく照らし出されている一角があった。
「お疲れ様です、岡村課長」
「ああ…林田さんもこんな時間までお疲れ様。何かトラブルでも?」
半年前から隣の部署に在籍する派遣の女の子だった。
手にした菓子パンの袋を破りながらにっこりと私に笑いかけている。
「いえ。今日はたまたま事務に病欠が多くてちょっと仕事が押しちゃってるんです。…課長、おなか空いてませんか?私、カップラーメンも持ってるんで、よかったら」
彼女はどちらかというと地味な印象の女の子だった。
確か20代半ばだった筈だが、その年頃に特有の浮ついた感じもない。
それだけに、直属の上司でもない私のようなオジサンに彼女の方から話しかけてきた事にまず驚かされた。
――何にしても有難い。こう腹が減っていては終わる仕事も終わらないだろう。
「おなかは確かに空いてるんだけど…林田さんは僕が食べちゃっても大丈夫なの?」
本心ではすぐにでも「ください!」と言いたい所だったが、私にも面子はある。
回りくどい私の答えに何故か彼女は丸い目を一瞬大きく見開き、それから我に返ったように表情を緩め、イヤだ私、と呟き、最後に声を上げて笑い出した。
「ヤだ、課長、びっくりするじゃないですか」
彼女が何を言っているのか一瞬分からなかったが、その意味を理解すると、今度は私が目を見開く番だった。
何を言い出すんだこの子は?まさかセクハラと取られたのでは…?
「いや、そういう意味じゃ…」
「分かってます。勘違いしちゃいました。カップラーメンですよね、もちろん、食べて大丈夫ですから!すぐ用意してきますね」
私の心中など知る由もない彼女は、楽しそうに笑いながら席を立った。
「いいよ林田さん!自分で作るから!」
人の食料をもらってしまう上に用意までさせてはと、慌てて私は彼女を追いかけた。
いいですよ、いや僕が、と、お互いが譲らないまま、やがて二人して給湯室へと辿り着いた。
そのまま彼女がカップラーメンのビニールを破ろうとするが、手が滑るのかなかなか破れない。
「ありがとう、代わるよ」
右手を差し出すと、予想外に彼女も譲らず、勢い余って私の指先が彼女の手に触れた。
柔らかで冷たい感触。
「ごめん」
触るつもりじゃなかった、そう言いかけて、私は口をつぐんだ。誤解とはいえ、さっきの失言もある。口にしたら逆に言い訳じみやしないか…?
目を泳がせている私を、気付けば彼女が正面からじっと見つめていた。
私は混乱した。
視線と視線を交えても、彼女は目を逸らさない。
地味な事務服のどこに隠していたのだろう、燃えるような彼女の欲望がまっすぐな眼差しの向こうでギラギラと滾っていた。
めまいを感じ、足元がぐらりと崩れ落ちる錯覚に私は一歩よろめいた。
長い間自分の奥深くで眠っていた衝動が堰を切ったようにあふれ出すのを感じた。
久しぶりに感じるその圧倒的な熱量に私は立ちすくみ、恐怖を感じた。冷たい汗が背筋を流れ落ちていくのが分かった。
――まずい。コントロールできない。
視線を合わせたまま動けずにいる私の頬を、冷たい彼女の指先がすっと撫でた。
固まったままの私をあざ笑うかのようなその指先が、這うようにゆっくり私の胸元へ降りると、ぷつ、とシャツのボタンを一つ開き、少しのぞいた私の素肌を撫で上げ、そのまま――
「うぅ!!」
いきなり襲った下半身の激烈な痛みに思わず声が漏れた。
彼女の右手が私の性器をズボンの上から荒々しく揉みしだいたのだった。
「なにを、」
やっとのことで声を絞り出した私の口を、彼女の唇が軽く塞ぎ、そのまま耳元で囁く。
「課長が食べちゃっても大丈夫なんです、私」
次の瞬間、私は彼女に飛びかかるようにして床に押し倒した。
カーペット一枚の冷たい床に叩きつけられ、彼女が小さく呻きを洩らす。
その一瞬だけ妻の顔が脳裏をよぎったが、私の欲望は一瞬でそれを遠くに押しやってしまう。
ボタンを外すのももどかしく、制服のベストをブラウスごとたくし上げると、レースのあしらわれた真っ白のブラジャーが現れた。
無言でそれもたくし上げる。華奢な体の線に見合った張りのある小ぶりの乳房。
桜色の突起が目に飛び込むと、下半身に痛みを感じて私は顔をしかめた。自分でも恐ろしいほどに興奮している。
一度上体を起こし、私は彼女を見下ろした。
挑発するように光る瞳の奥に微かな怯えがのぞいていた。
彼女のパンティに手をかけ、一気に剥ぎ取る。
そのまま彼女の左脚を抱え上げ、横たわった彼女の顔に届く程に抑え込むと、露わになった彼女の秘部から微かな女の香りが匂い立った。
押し上げた右脚を肩に掛け支えると、私は両手で彼女の秘部を押し開いた。
柔らかな彼女の内股に私の指が沈む。彼女の肌は汗でじっとりと湿っていた。
そのまま両手の親指で勃ち上がった花芯を扱き上げると、「あァ!!」彼女の全身がビクリと跳ねた。
彼女のベストのポケットからのぞくハンカチを取り上げ、彼女の口に押し込む。
間髪入れず、もうとっくにカウパーの滲みだしたペニスを一息に彼女へとねじ込んだ。
「んんーーーー!!!」
彼女の背筋が弓なりにしなる。
露わになった喉元に血管が浮き出し、ごくりと大きく波打つのが分かった。
下半身から全身へと駆け巡る快感に頭が真っ白になりながら、私は荒々しく腰を振った。
「ん、んぅ、んッ、」
ピストンを続けながら上体を屈め、彼女の乳首を口に含み、強めに歯を立てると、彼女の内側がうねってペニスを絞り上げる。
これほど自分本位で、これほど興奮するセックスは初めてだった。
あっという間に私は昇りつめていった。
彼女の胸元からのけぞった首、頬と、みるみる上気して紅く染まってゆく。
彼女が先に達しようとしていた。
「んん、んッ、んんう、んううぅうぅぅううーーーーー!!!」
絶頂に達した彼女の内側が激しく痙攣し、私の解放を誘う。
「ッ、」
後の事などどうでもよかった。彼女に断らなければとも思わなかった。私は黙って彼女の中に己の欲望を解き放った。
我に返った私に、怒涛のような後悔と今後待ち受ける展開への恐怖が襲い掛かってきた。
彼女に目を遣ると、虚ろな眼差しで私を見つめている。大きく開いた脚の間から私の分身がどろりと零れ落ちてくるのが見えた。
「あの、林田さん、どうしてこんな、」
つまらない事を聞いた、とでも言いたげに私を一瞥し、彼女はすっと立ち上がった。
先ほどまでとは打って変わった冷徹な眼差しで私を見下ろし、彼女は言った。
「理由なんているかなあ?強いて言うなら私、今月で契約が切れて結婚するの。最後に何か思い出ほしいなって」
手際よく身支度を整えた彼女は、呆然と座り込む私に背を向けて一歩踏み出した所で振り返り、満面の笑顔で言い放った。
「何も心配しなくていいですよ。臆病者の課長さん」