官能小説「寝室のドアが開いて」(母と息子)

「寝室のドアが開いて」

父が女を作って家をでてからは、家には母と姉と僕の3人が暮らすようになりました。
母は、しばらくはショックのようでしたが、それもひと月余りの間だけで、いまはもとの落ち着いた、僕たちにはこのうえなく優しい母親にもどっていました。
若い頃はミス・なんとかに選ばれるほどの容姿は、いまでは小じわが少しは増えたとはいえまだまだ瑞々しさを保っていました。体つきも、胸は大きく、腰も大きく張り出していて、細いだけが取り柄の姉なんかよりずっとセクシーに映りました。けれど父とちがい母は、けっして他の男性に心をよせるようなこともなく、部屋で一人執筆の仕事に没頭していました。
大学生の僕にも、女のことは少しはわかるつもりでいます。母は性愛の処理はどうするのか、息子がそんなこと心配してもしようがないのですが、父にボロ布のように見捨てられた母に同情を禁じ得ない僕には、やはり気になるところでした。時はちょうど夏休みで、家に入る機会も多く、会社員の姉と違って僕は、母と二人でいる時間が有り余るほどあったのでした。
「母さん、ちょっといい?」
言いながら僕は、書棚を背にして書き物をする母親の部屋に入っていきました。
「かまわないわよ」
母が、姉よりも僕をよくかわいがってくれるのをいいことに、僕はたびたびこの部屋に入り込むのでした。
冷房の嫌いな母は、窓を開けはなしにして庭から入り込む風で涼をとっていましたが、それでも今日のような猛暑には、とてもそんなものでしのげるものではありませんでした。
見ると、母は上はシャツ姿で、下は驚いたことに水着、それもビキニをはいていて、裸のふと腿が机の下で組み合わされています。
「この恰好がいちばん仕事がしやすいの」
母は僕をみて笑った拍子に、胸がそりかえり、シャツの下が大きくもりあがりました。そんな母親を見て僕は、またしても性の処理のことを思いました。これもまた息子が言うようなことではありませんが、母はほとんど毎日のように父を求めていたようです。夜中などに、夫婦の寝室のある一階から階段越しに、母の声が筒抜けにきこえてきたことは、一度や二度ではありません。姉は存外平気でしたが、僕なんかはあれを聞くと試験勉強も手につかないありさまでした。その喘ぎとも、鳴き声ともつかないうわずるような声音が僕に、今その声を出している母の姿をいやでも想像させるのでした。声には抑揚がつき、次第にそれが高まってきて、最高潮に達してやがて途絶えたとき、僕は思い切り耳をとざしていました。
あるいは、そんな母だったからこそ、父は引いて行ったのかもしれません。女のあまりに激しい情愛を前にして、男は逆に冷えていくものだぐらいは僕にもわずかな経験からわかっていました。

今、書斎の中で近眼用眼鏡をかけてパソコンにむかう母は、理知的で、非常に落ち着いてみえ、とてもそんな女性には見えないのですが、女というものがいかに豹変するかもまた、わずかな女性遍歴で僕にもわかっていました。
「ねえ」
ふいに母が僕をみました。
「なんだい」
「あなた彼女いるの?」
「急になにをいいだすんだ。そんなのいるわけないじゃないか」
とっさに僕は嘘をついていました。肉体をゆるしあった同じ大学に通う彼女がいたのです。
「そうなの。だけど、もうあなたも立派な男性なんだから、精力をもてあますんじゃない」
おどろきました。僕と同じことを母も思っていたのです。
「母さんだって」
つい言ってから僕は、あわてて手で口をふさぎました。
母はだまって、切れ長の奥二重の目で、僕をじっとみつめました。息子の僕でさえ、おもわずぞくっとするような、妖艶さを帯びた凄いまなざしでした。
それっきり、どちらも黙り込んでしまったので、僕は頃合いをみて部屋から出て行きました。
その夜は雨がふり、おそくまで書斎にこもっていた母がいつ寝室に入ったかはわかりませんでした。
僕は階段をおりてトイレで用をすませから、しばらく一階にいました。昼間の母とのやりとりをおもいだしているうちに目がさえてきて、眠れそうもありませんでした。
洗面台の横にあるソファに座り、背後の窓をうつ雨音になにげなく耳をかたむけていたとき、ふいに廊下から女の、あの時にたてる声が聞こえました。最初は、猫かなにかと思った僕ですが、それからも二度ばかりつづけて聞こえたそれは、まぎれもなく母の口から出たものにまちがいなさそうです。
一瞬、母が男を連れ込んでいるのかと思った僕ですが、すぐに首をふってその考えを打ち消しました。母にかぎってそんなことをするとは考えられないし、仮にそうだとしても、まちがっても僕たちのいる家を使うことはないはずでした。
僕が当惑しているとき、母の部屋のドアがあき、身に何もまとってない母が姿わあらわしました。
とっさに後ろのカーテンをひっぱったものの、すでに母にまともにみられたあとでは、時すでに遅しでした。
母はだまってこちらにちかづいてきました。僕はこのときになって母が、シャワーを浴びにやってきたことを察していました。一人で慰めて濡れた股間を洗い落としに………。
「母さん」
僕の声はふるえていました。
母は一言も発することなく、僕の前まできて、耳もとで囁きました。
「これからどうするかは、あなた次第よ」
僕は、雨の中に拡散する庭の外灯の光に、幻影のように浮かびあがる母の体をまのあたりにして、正直に抱いてみたくなりました。

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